花墟、雀仔街、金魚街
冷房をガンガンにきかせた自宅から玄関のドアを開けて、一歩踏み出せばそこは全くの別世界。
天気予報なんて見なくなって、30度をゆうに超えていると分かるような激しい暑さと
まるでジムに設置されたサウナに入ったかしらと錯覚するような湿気が一気に全身を包む。
きっとそれは、例えば私がタイやマレーシアにバカンスに訪れた時に感じるそれと同質の
ものなのかもしれないし、目をつぶって見ればそんな気もしないことはないけれど、
やがて目蓋を開いた時に目の前にあるものは清々しい空でも青々とした海でもなく、
灰色のビル群と途切れることのない人混みだから、流れ落ちる汗もいまいち爽やかでない。
しかし、それでも私は香港は夏に限ると思っている。
写真を撮ろうと思っても、そのままシャッターを押せばすぐに白飛びしてしまいそうな眩しさの中、
汗をかきながらこの街を歩き回るのが私にとって一番心地よい香港の楽しみ方。
それはきっと、初めてここにやって来た時、私はそんな風にこの街と知り合ったからなのだと思う。
土曜の朝。銀行での用事を済ませた私が、目的もなくMTRに乗ってみて、ふらっと下車したのは太子。
旺角はあまり好きではないのだけれど(面白いこともあるけれど、それ以上に街を歩くのに疲れる)、
それから少し外れた廟街〜油麻地や、太子だったりといった場所は私のお気に入りの場所なのだ。
うまく説明できないけれど、私が今日この街で下車したのにも理由はあるのだと思う。
そういう数ヶ月に一回くらいやってきたくなる場所が私にはいくつかある。
例えば、長洲島なんかもそのひとつで、一定期間が過ぎるとあの島の食べ物、風景、空気が
妙に恋しくなってしまって、気がついたらフェリーの上だったっていうことも。
オフィスの荒れた机の上に何か癒やしを。はたまた、殺風景な自宅のテーブルの上に観葉植物でも。
私がこの通りを離れるときにぶらさげているのはせいぜい20ドルくらいの小さな鉢なのかもしれない。
そうだとしても、そんな小さな買い物をするためにこの通りを何度も往復することのがとても楽しい。
夏に向けて(もう十分夏だけれど)、野菜や果物の苗も売りだされているから、それにも心が動く。
そして、当然ここにも。
私よりよほど早く集まっていたおじさんたち。小さなカゴの中に閉じ込められた鳥を
この街の小さな家にしか住めない自分たちの香港生活に重ねあわせているのかもしれない。
なかなかリーダーシップがとれない家庭の中で唯一の理解者がこの小さな歌姫たちなのかもしれない。
そういう真相は私はそっとしておきたいと思うけれど、香港中から自慢の子を持ち寄ってきて
その鳴き声を競わせるというような風流というか、もはや道楽をこうして目にすることは
私にとって至福以外のなんでもなくて、あと10年もすればお気に入りのメジロでも見つけて、
この大人の男たちの仲間入りをしてみたいな、と密かに思っていたりする。
駅に戻る途中、ある疑問が浮かぶ。
香港ライフファイル。
ローカル目線の香港とか謳っているけれど、今日の散歩なんて記事になっちゃうわけ?
でも、実際、ローカルライフなんてそんなもんなんじゃないだろうか。
多くの香港人だって、私だって、いわゆる日本人旅行者にとって有名な場所なんてそうそういかないし、
普段の生活はいたってシンプルなもの。毎日汗かいて働いて、たまに太子に散歩にいく。
そういう意味では一周回ってローカル情報なんだと開き直る、便利な思考回路を私は持っている。
あ、そうそう。駅に戻る前に金魚街に寄るのも私の定番コース。グルメも多い!
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