お家へ帰ろう

この街には香港のことが好きすぎて、居てもたってもいられなくなってやって来た日本人と
別にそうでもない涼しげな顔をして暮らす日本人という二種類のグループがいるのだと思う。
後者は、主に駐在員。それから、物心着いたら香港で生活していた香港出身者、
たまたま好きになった人が香港人だったとかそういう外部要因によって
香港に引き寄せられてしまったパターンが主であるが、私がスポットを当てたいのは
むしろ前者の並々ならぬ熱い想いを胸に秘めてやって来た人たちの方である。

さてさて、いきなりまったく個人的なバイアスのかかった意見になってしまうのだが、
私の中で香港は特に女性に人気のある街だということになっている。

実際にそんなに美味しいもので溢れかえっているかどうかはひとまず置いておいて
誰もが脊髄反射的に「グルメの街」といった類のことを口に出すだろうし、
買い物しながら歩くにしても大変に楽しい街である。街のサイズもコンパクト。
そして、何より治安が良いし、女性が各々の責任において自主的に生きやすい。

そういう意味では、そこであんまり恩恵を受けないのにこの街にお熱をあげてる
「自分の意思でやってきた日本人男性」たち。
この人たちがいったい何を考えながら、同じ香港で生活しているのか。
自分もおそらくこのグループに属する身ながら、まったく興味津々なのであった。

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外資企業でバリバリと仕事をこなす男。香港人と結婚し、長期的に香港に在住予定。
香港から日本に戻り間もなく、やっぱりこの街にどうしても戻りたくなった男。
半年以内に帰国予定があるにも関わらず、どう考えてもこの街への未練が尋常ではない男。

そういういろんな香港への関わり方をしている3人の男が銅鑼湾で客家菜を囲んだ。
全員男性というメンツで集まりごとをすること自体が私にとっては
割と珍しいことであったし、揃いも揃って香港という街に対する自分の愛について
何の迷いも持ってないという狂信的な状況は、やや恐ろしいものでもあった。
だからこそ、私はずっと待った。
この街のどこに惹かれているのか、誰かが納得の行く理由を熱く語り始めることに。

ところが、待てど暮らせど、私の期待する答えが導き出されることはなかった。
香港人と一緒になったから。キャリア形成のためにこの街での経験は魅力的。
そういう就職面接の最中のやりとりのようなオフィシャルの理由はいくらか出てくるものの、
私が聞きたかったのはそういう世の中の仕組みをかいつまんで
説明してくれるような性質の無機質な言葉たちではなかったのだ。

曲がりなりにも異国であるこの地に(しかも私に言わせれば女性向けの街だ)
誰に頼まれるでもなくある日突然やってきて、まるで「やっと自分の居場所を見つけた」
とでも言わんばかりに恋に落ち、やがて街の生活を謳歌することに至った、
くだらなくてもいいから個人的な熱い想いを聞きたかったのである。

結局その夜、お互いの香港愛を確かめあったという妙な達成感を胸に3人は家路についた。

「では、あなたはどうですか。HKLFさん。」
あらたまってそう聞かれていたなら、私も実のところよく分からなかった。
私は感受性が部分的に男らしくないところがあるし、
王家衛の映画を未だに思い出しては引っ張り出してきて、
この街にその面影を強引に重ね合わせたりする妄想家でもあるから
誰もが納得するようなスタイルの答えは当然ながらに持ち合わせない。

ただ、あの銅鑼湾の夜に少しヒントを見出すとすれば、
それは「家」というキーワードだったかもしれない。
実はこの言葉、普段香港人たちからも頻繁に聞かれる。

香港は自分の家だから、自分たちの手で守っていきたい。
旅行に行くのは楽しいけれど、将来外国に住むつもりはない。私の家はあくまで香港だから。
私は日本人だけど、香港を家のようにも感じる。だから、香港にまた戻ってきたいんです。

恥ずかしながら、この「家」という感覚は私もこっそり共有しているつもりだ。

小奇麗でコージーなMTR、香港島を走るキュートなトラム、
大好きな街の玄関、香港國際機場。街の人の掛け値ない笑顔。
どこに行っても地元感で溢れていて、それは私が東京に
感じることができないものだったりもする。
(まぁ実際住んでないから当然か。故に私は東京という街に何も思い入れを持たない。)

ここで産声をあげた香港人のみならず、外国人という立場でありながら
「家」だと錯覚する輩を続出させてしまうこの香港という街。
やはりただものならぬ懐の深さをもっているようである。

そして、考えてみれば、どこが好きだとかそういう次元のものではないから
その理由に説明がつかないのも至極当然のことである。
そこに家がある。だから、我々はそこで暮らし、やがてまた戻ってきたくなる。
その場所が変わらず帰ってこれる場所であるように祈り続けるらしい。

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