根無し草(10年熟成)

「この会社の運営スタイルは日本的ですよね。」
「それはとっても日本人的考えかも。」

私の身の回りでそういう言葉が囁かれる時。それはきっとほとんどの割合で
日本やそこに住む人々が持つ特有の文化やそれが育んだマインドセットに対して
どこか相容れない感情を限りなくポジティブに表現されている場合らしい。

日本と香港。ともにアジア圏で、飛行機に乗ったってたかだか3〜4時間。
街を行き来している人たちだって、口を開かなきゃどっちがどっちだか
良くわからないほどに似ているし、どっちも箸を使って美味しいご飯を食べる。

しかしながら、実際に観光客とローカル民という枠組みからちょっとでも
足を踏み入れてしまおうなら、両者の間に残念すぎるほどの
人生に望む態度の違いが存在することにすぐに気づいてしまう。

当然、私のようなよそ者にとっては、冒頭のような感想が漏れた時に
自国の常識を振りかざすようなことが世渡りをする上で最善なわけはなく、
せいぜい出来ることと言ったら、国外の人が持つ日本のイメージを
再確認するチャンスくらいに思って遠い目をしているくらい。

一昔だったならば、こういうこともそう多くはなかったのかもしれないが、
いまや特に香港の若い層にとって、世の中の流行はもはや韓国であり、
一部の根強いファンをのぞいては無条件に日本をポジティブに
評価してくれる人もそうそういないようである。
そういう意味では、香港で日本人をやることもなかなかに難儀な時代になった。

一方、最近毎月のように訪れている東京においては
私の諸々の行動パターンは現地において「香港ナイズされている」という
認識を生んでもいるようでもある。

親切な人になると、「それは香港式ですよね。」
ニヤリとしながら可愛い皮肉を言ってくれたりもするのだけれど、
それはそれで私は猛然と反発するのである。
フランス帰りで帰国したところに「それはおフランス式ですね。」
と言われるのとはまったくわけが違うだろうと思うのである。
いわゆる、香港を知らない日本人がイメージする香港式なんて
到底ろくなもんでもなかろう。

そういう意味では、私は香港では日本人であることをやや引け目に思うこともある一方で、
東京においては香港色が出ることを嫌う、大変にどっちつかずの人間、
というか良いとこどりしたがりの根無し草になりつつあるようである。

私は帰国子女のように多感な時期を海外に過ごしたようなわけでもないから
話をやや大袈裟にしすぎかもしれないが、それでも香港で10年という時間は
自分の中のかなりコアなところを部分的に揺り動かしたような気がする。

それは現地の生活やコミュニケーションに慣れるためには致し方なかった作業かもしれないし、
故に海外在住の日本人がちょっとズレているところと言われる原因なのかもしれない。
しかも、今の香港生活に何の重大な不満も無しという浸かり方をしてしまった私にとっては
結局それが仇になって、日本の生活に再度適応するには然るべき困難が予想されるのである。

ちょっと考えただけでも、香港だったら…

  • 上司から飲みに誘われても行きたくなければ、何の前置きもなく「我唔去」でOK
  • 怒ってる人は怒ってるって顔に書いてあるし、泣きたい人もそこらで泣いてる
  • やたら多い確認事項をすっ飛ばして、欲しいものが必要最低限のサービスですぐ手に入る
    (残念ながら配送、届いた品に問題があることも多々有り)
  • ちょっと地元に出るくらいなら、着の身着のまま出たって誰も不思議がらない。基本的に無関心
  • 東京の通勤ラッシュのような惨状はMTRは今のところ無縁
  • 小巴に乗りながら譚仔米線食べてても誰も文句言わない
  • 中薬を煮ようが、大音量でRTHKを流そうが、インド人が毎日カレーを作ろうが隣人たちがあんまり怒らない
  • いつでも好きな時にうまい飲茶が楽しめる、故に太るが
  • 夏はライチ食べ放題。でも3粒以上食べると、熱すぎるという謎の理由で怒られる
  • 女性の評判があんまり良くないが、男女平等でハッキリ意見交換できるのは慣れると心地よい
  • ゴミは当然のごとく24時間分別無く捨ててよし。よくオバサンが漁ってる
  • 大体において、細かすぎないし、最低限の良識はあるような気はしている
  • 街が眠らない。マジで眠らない。その代わり、朝は相当に弱い
  • 仕事中のYOUTUBEやLINEは無罪
  • みんな自分の街(香港)が好き

改めて書いてみると、どんだけ香港ナイズされたのかよく分かるというものであるが
日本在住経験のある香港人たちとはこれを肴にうまい酒が飲めるのではなかろうか。

まったく、10年の海外生活。
得たものももちろん少なくないが、それが故に軌道修正することもなかなかに多そうであるし、
自分のアイデンティティーをどこに定めるのか、という部分でもやや複雑な気分である。

関連記事一覧

  1. この記事へのコメントはありません。