魔法の場所 – AQUA SPIRIT

結局、ELEMENTS(圓方)へと向かった。

尖沙咀の喧騒から少しだけ離れただけなのに、この九龍駅に隣接するショッピングモールには
しっかりと落ち着いた空気が流れていて、その上部に隠れ家のように佇む小ぢんまりとした
レストラン&バー群では多くの大人な西洋人たちが金曜夜の開放感を満喫していた。

他の香港ローカル有名店も考えたのだけれど、結局私はいわゆる香港人臭が極めて薄いであろう
この場所を選択した。そして、それは結果的に正解だったと言えるかもしれない。

「うちの香港人スタッフと来たら、仕事中に株やゲーム。そこらに座り込んで休んでいるし、
ちょっと考えられないような態度で勤務しているんです。向上心が感じられません。」
「仕事の段取りだって、何にも相談してくれないし、いつも適当にやっちゃう。」

お酒を飲みながら(私はもちろん飲めないけれど)、香港についてあれやこれや
楽しくお話することを当然のごとく期待していたから、私にとってはちょっと意外な展開だった。

「でも、それって、仕事内容についての話じゃないでしょ。ここでは契約書に書かれている業務が
きちんと出来ている限り、それ以外の態度や精神論まで細かく口出ししても意味が無いし、
そもそも彼らは今日の給料や自分のキャリアには熱心でも、会社の成長や10年後の会社の姿のこと
なんてまったく興味がないと思うから、そういう視点からものを語っても動かないんじゃない?」

同じ日本人がひとつのテーブルを挟んで意見を交わしているというのに、意見は真っ向から対立する。
きっと、相手の方からみたら、私は宇宙人みたいなことを言ってるように見えたかもしれないけれど、
私だって全く同じことで苦しんできた過去があるから、その言葉とは裏腹にとっても心が痛かった。

だいたい、日本できちんと働いてきた真っ当な日本人がマインドセットをそのままに香港へと
やって来たとしたら、そこが純日系企業でもない限り、まもなく精神を病んでしまうのではないか。

日本人と香港人の間にカルチャーギャップは意外に多く存在するけれど、仕事の面ほどそれが顕著な
ものもそうそうないんじゃないかと思うし、それは宗教戦争でも起こせるんじゃないと思っちゃうほど
信じるものが圧倒的に違っている。私自身も最初の数年はストレスが耐えなかったのは記憶に新しい。
だからこそ、今まさに目の前にいる人が葛藤を抱く姿に、私は自分自身を重ねあわせる。

あの頃の私が、今日の私に出会ったら、やっぱり宇宙人みたいだと感じるだろうなぁ。

今日のこの人が、この先どうやって香港と付き合っていくのか分からない。
私なりにいろいろお話もしてみたけれど、それもきっと今は吸収することなく消えていく。
全て自分で体験して、そして、この街と対話していくことが唯一の道なんだと思う。
だから、今私ができるささやかなこと。魔法の場所へとその人へとお連れすることにした。

AQUA SPIRIT
AQUA SPIRIT。
私がこの街の生活に疲れたら足を運ぶ、お気に入りの空間。

この街でいろんな出来事に出会うたびに、私はAQUAへやって来た。
無造作に空高く延びる高層ビル群、眠らない街、そしてそこで健気に生きる小さな小さな香港人たち。
いつまでも眺めていたいその街の姿に、嫌なことも全て許せるような気がした。

だから、ここにたった一度お連れすること。
それが私のつまらない話なんかよりよっぽど今日の人には大切なことだと思った。
そんな私の想いは伝わったようで、少しうつむきがちな顔はしばらく香港の夜景に見惚れた後に
心なしか元気になったような気がしたように見えて、とても嬉しくなった。

そして、私はというと、ちょっと久しぶりなAQUAからの眺めに何だか違うものを感じていた。
それは今まで私が見てきた、ただただ迫力溢れる写真のような無機質なものとは少し違っていた。
中環、金鐘、灣仔、銅鑼湾ー。
順に目を移していくうちにそれぞれの場所でショートムービーのような物語が私の脳裏に流れていく。

いろんな人と出会ったこと。雨だった日のこと。意味もなくトラムに乗ってみたこと。
ミーティングで冷や汗をかいたこと。雨傘革命が起こっていた日のこと。

ただただ、いつものように言葉少ない夜景に酔いしれようとばかり思っていたから、
私はその突然のやたら騒がしい夜景にとても動揺した。
そして、それが全部幸せなことだったら良かったけど、もちろんそんな訳はないから
随分複雑な顔をしながら、今日の夜景を見つめていた。

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