あなたも香港人だと言われて

「香港人って休日、何して遊んでるの?」
「香港人がおすすめのB級グルメって何?」
「香港人は・・・」

私の前に座る新入りの香港人はお喋り好きな上に日本語がペラペラ。
だから、私も空いた時間があれば彼との他愛の無いチャットを楽しんでいるのだけど、
どうやら彼には前から気になることがあったらしい。

「HKLFさん、あなたはよく香港人は、香港人は、と言いますが、あなたも香港人ではないですか。」

一瞬、開いた口が塞がらなくなった私を見つめるその二つの瞳は
まだまだ十分すぎるほどにあどけなさを残しているけれど、至って真面目である。

「いや、ほら、私はれっきとした日本人だし、日本は二重国籍認めてないじゃない?」
「永久性の香港ID持ってるならば、香港人です。私たちと同じです。」

いつまでこの街に住んでいようとも、それはたとえ永住権を得たとしたって、身分は一生外国人。
それが私の認識だったから、香港人に自分たちの身内だと言われたことはとても嬉しかったけれど、
でもやっぱり法律上の事情をちょっと無視してみたに過ぎないような感覚を覚えて、
私はとっても複雑な気持ちになってしまった。

香港人って何なんだっけ?
私の頭にふと浮かんだこの質問。残念ながら、こんなブログで語れるような簡単な代物ではないし、
それは非常に多義的で、どの切り口からそれを考えるかで全く違った着地点に降り立つこととなる。
よって、ここで緒論をいちいち吟味していくことはひとまずおいておくけれど、
私の理解はというと「香港パスポートを所持すること」が香港人たる条件なんじゃないかと考えていた。

日本人であるならば、その国籍を捨てない限り、この街では一生外国人のまま。
私がそう思い込んでいたのも、パスポートこそが明確なナショナリティの証左だという持論に拠る。
永久性香港IDだなんていうけれど、そんなの7年間香港に居住すれば多くの人は取得できるものである。

しかし、どうやら私の身の回りの香港人たちはそう考えてはいない。
彼のように永久性香港ID取得者、すなわち香港人だと認識する人も大勢いるようだし、
人によっては「一定程度」(基準不明)香港に居住する人なら、
それだけでもう立派な香港人だとみなすという人だっている。

私はここで考える。
もしかしたら、議論の論点が微妙にずれているかもしれない。

私は国籍という次元での「香港人」を論じたつもりだけど、もしかしたら目の前にいる彼も含めて
たとえば東京に住む人が自身を東京人と形容するように、彼らもそういうもっと軽い感覚で
「香港人(香港に住む人)」を名乗ってるんじゃないか、とも考えてみた。それなら、私も異論はない。

というか、厳密に言ってみれば、香港という国は存在しないから、それ自体が単体で
世界に向かって渡航者の安全を要求するような国籍の発行母体に成り得ることはできないはずである。
ならば「香港人」という言葉自体は「日本人」だとか「中国人」というレベルでは存在しない。

「ま、香港人なんて言うけど、そういう国籍も言葉もあってないようなものだしね。」

もちろん、私の本心とは裏腹な残酷な言葉だけれど、この議論を早々に決着させるため、
そして、いわゆる90年後の彼の反応も興味本位に見てみたくなって、私はそう呟いてみた。

「いや、それはそうだけど・・・」

「・・・」

「でもやっぱり、香港は香港だし、香港人は香港人です!」

この男の悪い癖である。
普段は丁度一回り上にあたる私にすらほとんどタメ口で、長々と理屈っぽいことを積み重ねて
議論を挑んでくるのに、「香港のこと」になるとちょっと熱っぽくなって、
ちょっといじけた男の子のような顔をして口下手になってしまうのである。

我ながら意地がとっても悪いと思うけれど、見たい顔を見ることができたから、私は少し安心した。
「私だって、他の90後のみんなと同じようにこの街は私たちの手で守りたいと思う。」
聞いてもいないのに香港への熱い想いを続ける彼を横目に、香港人とはなんぞや?とか
香港という国籍、とかそんな次元のものをこの街の人はいちいち気にしてないのかもなぁ。
さっきより少し明るい表情を浮かべながら、私は勝手な想像を続ける。

「香港人」。それはもしかしたら、もっと精神的な言葉なのかもしれない。
たとえば、どんどん香港に流入してくる大陸人たち。彼らの中に香港のことを
まったく何にも思わないまま、わがもの顔でこの街を蹂躙し続ける人たちがいたなら。
彼らはきっと、何年この街に住んだとしたって、本当の意味で香港人と呼ばれることはないのだろう。
逆に、この街を愛してやまない人だったならば、日本人だって、他の国の人だって
パスポートやIDに関係なく、いつしか香港人としてこの街に暖かく、そしてごく自然に迎え入れられる。
ただ、それだけ。いちいち難しく掘り下げる必要なんて無いということ。

「我是香港人。」

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