冬至だから、また今度

晩、私は尖沙咀のとあるレストランにいた。

一緒に飯を食っていたのは、気心の知れた香港人の友。
この男、会社と自宅とを往復する生活に辟易していて、何かをやってみたい
欲求に駆られてるんだけど、その対象がまだ見つからない可哀想なヤツ。

で、そんな彼が昨日一番食いついてきたのがCha Siu Baau
目をキラキラさせながらステーキにがっついていたから、なんだかんだで私も
この無駄にやる気のある男と一緒に熱いコンテンツを作っていく、
っていうことも今後十分にありそうな雰囲気ではある。

まぁ、それならってことで早速「じゃ、週末は試しにどっかネタ探しに行くか。」と
ごく自然な流れで私が切り出したのだけど、

いや、冬至だろ。家族と過ごすから今週はいいや。

・・・。
ナイフとフォークが一緒に落っこちた。

あいつらがしょっちゅう集まるたびに・・・


人によっちゃ、冬至ってやつはクリスマスなんかよりよっぽど大事らしい。
なるほど、うちの会社も冬至の日はちょっと早めに切り上げる。
早く帰って、家族との時間を過ごしなさい、っという会社の粋な計らいだ。
全員帰っちゃうと業務に支障が出るってことで、冬至に関係ない日本人の私は
いつも香港人の代わりに居残りさせられるのだけどね。(怒)

まぁ、それは置いといて。
とにかくこの冬至という行事、中国人にとっては家族と一緒に過ごす、大事な日。
冬至以外にも例えば、旧正月、仲秋節、年に二回のお墓掃除等々。
日本の盆と正月と比べると、香港の方が高頻度で家族イベントが発生する仕組みなのだ。
そのたびに私が残業・・・(しつこい)

自己人・・・?


しかしまぁ、中国の人は本当に家族を大事にする。
香港では会社がさっさと閉まっちゃうという文化自体がそれを象徴しているし、
本土人に至っては旧正月が近くなると大陸へ帰るための旅費を工面するために
犯罪を犯しちゃうなんてこともあるくらい、鮭が生まれた川を遡っていくように
本能のごとく自分の家に帰っていき、一家団欒を楽しんでると思われる。

核家族でかつ、転勤族というある意味とっても親不孝な環境で生まれ育った私から
すると全く異常なくらいに家族を愛す人たちだ、とも感心してしまうし、
普段の彼らの冷たい態度を見ていると余計に違和感でもあるわけだけど、
そこは「自己人」(身内だね、いわゆる)に対してはとことん優しい国民性もあるのだろう。

ちなみに、家族以外、たとえば友達でも「自己人」という概念は存在するようだ。
一旦、そういう存在にアップグレードしてもらえると、中国人というのはとことん親身に
助けてくれたりもする。私にはながらく理解できなかったこの民族の二面性の部分。

私がいくつになっても覚えられない、いや覚える気のない呼び方


話を中国人の家族の集いに戻そう。

私もたまに他の香港人の家庭の集まりにひょこっと混ぜてもらったりするのだが、
ここだけの話「会社を早くきりあげてまで帰る」ほど大袈裟なことをやってるか、
というと疑問符が浮かび上がる。せいぜい、食卓のメニューが若干豪華なくらいだ。

いや、そんなことより、和やかムードの団欒の中で私ひとりだけがびっくり仰天なのが、
彼らが親戚を呼ぶときの複雑極まりない呼称の数々である。
爺様婆様の家を訪れるや否や、「ごんごーーーん!」「ぽーぽー!」
(それぞれ、おじいさんとおばあさんの意味)と元気な声でご挨拶なのだが、
もう紹介されればされるほど分からなくなるカオスな家族構成。

いや、家族構成は物理的に一夫一妻制だから、日本とほぼ変わりもないのだけど、
おじいさん、おばあさんにもそれぞれ父方、母方呼び方があって、
おじさん、おばさんに至っては… 否。もう私の記憶がついていかない。

これをことごとくきちんと呼んであげることこそ、中国人家族内におけるリスペクトというもの。
だが、日本人からしたら、罰ゲーム以外、何とこれを形容すれば良いというのか。
丁寧に家族の面々を紹介されてるそばから、私の耳と脳は活動を停止。(しかも毎回)
私が何十年香港に住もうとこの家系図のお化けみたいなヤツは覚え切らない自信に溢れている。

話すこともないのに、何故集まるのか

この際だから、洗いざらい書くと、一番良くわからないのは日曜の飲茶会。
私の周りのテーブルを見回してみても、家族で集まったのであろうテーブルは
多数存在するわけだけど、最初の10分くらいはどうでも良い世間話はするものの、
そのうちお父さんは新聞を延々と読み始め、他のメンバーもそれぞれ黙々と
点心をつついたり、携帯をいじったり、来週の株価について研究を始めたり。

大勢集まって料理を囲んでるのに誰も喋っていないという非常に不可思議な雰囲気。
あんたら、何しに集まっちゃったの?的な画
がよく見られるわけで。
日本の核家族によくある「久しぶりに会えたんだから、楽しんで食事を」というありがたみが
潔いくらいになくて、テーブルにはまさにグダグダな空気が流れに流れている。

土地柄、気軽すぎるくらいに集まれる香港だからこその光景なんだろうし、
(親と一緒に住んでる人もいっぱいいるもんなぁ)
彼らにしてみれば、みんなの元気な顔が見られればそれだけで安心。
ていう空気なんだろうけど、未だにあの無言の飲茶会には絶句させられてしまう。

… ということで、どうせ冒頭の彼も「冬至だから…」とか言ってたけど、
結局大したこともないまま適当に料理をつついてくるだけなんだと思うけれどな。
ていうか、よく見たら冬至って22日の月曜日じゃないの…?

寒いから外出たくないってオチ?

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