香港下町の歯医者で過ごす素敵な土曜日の朝

中華圏の都市にはよく見られるように、ここ香港にも「上海街」とか
「北京道」と呼ばれるような地名から付けられた通りが多く存在する。
あんまり知られてないかもしれないが、実は「東京街」も。


ちなみに、この殺風景極まりなく、東京とは似ても似てつかない
通りが例の「東京街」。特にこれといった観光スポットも無いはず。

限界が訪れないと行動を移さない子


何故私がこんな日本人とは縁の薄そうな下町に降り立ったかというと、
痛いのに痛くないフリをずっと続けてきた虫歯を治す決心を固めたため。
(いわゆる我慢の限界ってヤツだね)

普通、日本人の皆さんは施設がしっかりして日本語も通じたりもする、
いわゆるきちんとした歯医者さんに行くのだと思うが、
私は昔ここらに住んでいた経緯もあって、超どローカルな診療所に通う、
稀有の日本人患者。予約等ももちろん、広東語オンリー。(多分)
よって、初心者には当然おすすめできない。

尚、受付兼歯科助手である女性も、休みの日はどっかのスーパーで
中華スープ用の乾物の実演販売でもやってんじゃないかっていうほど、
そこらの師奶ってな出で立ちだから、日本のように顔で選んでるよね?
的な歯科助手を期待して行くと派手に出鼻をくじかれてしまうしまう。

しかも、この師奶と来たら、先生と随分と仲が悪いらしく、
熟年夫婦のように小言を言い合いながら私の口をつついてくるから、
治療中くらいはぜひ心をひとつにして私の治療に専念して欲しい
というのが私の長年のささやかな願いでもある。

 安定の香港クオリティー


そんな典型的なきちんとしていない下町の歯医者に私はいる。

今日も10時に予約を入れ、日本人らしく5分前到着するなり窓口から、
「先生は10:30からだから、出なおして。」師奶が冷たく言い放つ。
もちろん、ここは香港だから「申し訳ないですが」とかそんな類の
枕詞を使った耳障りをよくするための努力はどこにも見当たらない。

予約した時間に来てしまった私が悪い。それだけである。
10:30にオープンするんだったら10時に予約とるなよ!という
真っ当な言い分もこの螺曲がった空間では何故か説得力を持たないし、
そんなものより先生の気まぐれや師奶の気分の方が当たり前に優先される。

しかし、そこは私も心得たもの。動じた顔を見せること無く、
「あ、そうですか。ではここに座って待ちますね。」とオトナの対応。
こんなハプニングでいちいち挫けてるようでは香港でやっていけないのだ。

我要清潔呀!!!」(あんた、そこいたら掃除できないでしょ!)

何も悪いことしてないのに朝っぱらからこっぴどく怒られるという、
久しぶりの香港の洗礼を浴びつつ、師奶をこれ以上刺激しないように
最寄りのM記にて宿題をこなす学生たちを横目に時間を潰すことにする。

広東語の功罪


ちなみに、広東語が話せるのも良し悪しと時々思う。
というのも、私がもうちょっと日本人らしく、英語で
コミュニケーションしながら、外国人として振る舞っていれば、
香港人からの扱いももう少しだけマシであるような気がしてならない

なまじっか香港が長くなったが故に、私の広東語もそれなりで、
香港人に対して「あ、こいつ、広東語で話しても無問題じゃん?」
という錯覚を与えるレベルになってしまっている。

「広東語が話せる=香港人と同じ扱いしても大丈夫だろ」という
妙なコモンセンスがここ下町のコンセンサスとして特に存在しているから、
私は(ちょっと訛りのある広東語を話すが)見做し香港人として
ローカルなコミュニケーションチャンネルで彼らとは繋がる。

当然、それによって得をすることもあるし、旅行客じゃ見られない
彼らの素顔を見ることもできるが、あんまりにローカル過ぎるシーンでは、
まだ多分に日本人マインドセットを残す私にとって
時と体調によってはイラッときたりしてしまうわけである。

その点、ヤツラで健気に頑張って英語を話そうとする時の態度は
少なく見積もっても広東語を話しているときの1.5倍くらいは
丁寧に話すし、表情も気持ち穏やかで礼儀ただしく見えるわけで。

そういう姿を見ていると、「ワターシ、広東語分からないアルよ」
な外国人を時として演じることもこの下町の処世術なのでは、
と真面目に思ったりもしている。

ま、無理だろうけど。すぐ顔にでるから。

話は歯医者に戻る


不得了。

先生は決断が速い。
私も痛みの程度、そして放置した期間の長さを鑑みても、そういう
診断が下るのではとうすうす感づいていたが、それにしても無念である。

歯医者という繊細な手つきをしていた先生が今度は大工のように
なって、力業で私の長年連れ添った奥歯を引っこ抜こうとする。

今日もいつものごとく、先生と師奶はぶつぶつ文句を言いながら
険悪なムードの仲、抜歯のBGMは彼らの咬み合わないトーク
だが、それは速やかに、そして痛みもなく、気がついたら終わっていた。

そう。私がこんな下町くんだりの小さく暗い診療所まで、無愛想な
師奶に怒鳴られるリスクを犯してまで来るのは理由がある。
私の経験的にどうやら先生の腕はそこそこ良さそうなのだ。
そして、きちんとした歯医者さんより、きっとリーズナブルな価格
(香港の歯医者代金はバカになんないからね、ほんと)

さっと仕事を済ませるなり、すかさず競馬新聞を広げる先生は
「2、3日したらまた傷口見せに来てね。じゃ、バイバーイ!」
といつもながらの軽いノリの別れの挨拶。

やれやれ。
土曜日の朝だというのに抜歯なんて、私も疲れてしまった。
次回の予約をして、今日は一日ゆっくり。

師奶「はい、じゃ次は1週間後の11:30。」

先生は2、3日後って言ったよね。しかも、あんたの目の前で。(怒)

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