自分の国に帰って来たというのにこの違和感
日本もすでに10日目。
想像した通り、日本での出張生活はやたら忙しいし、
そもそもこのサイトは「香港」をテーマにしたブログだから、
更新もなかなか出来ずにいたのだが、そんな香港に置き去りに
されたようなこの香港ライフファイルでも、毎日のように
FacebookやTwitterで反応をいただいており、私もなかなかに
心が痛いわけで、一応メンテの意味でも近況を書いておこうと思う。
今のところ香港シックはない
日本行きの飛行機に乗り込む頃には香港から長期離れることについて、
寂しくもあり、香港フードへの執着ありで後ろ髪引かれる思いだったが、
東京につくや否やあらゆる食べ物にがっついているうちに
割と香港のことは考えなくなってきたから、私らしいなと思う。
あんなに忌避していたコンビニですら今では私のグルメスポットと
化しているし、一日三食コンビニ食だって、不満は言わない勢いである。
特にスイーツなんか毎日日替わりで必ず一度は食している。
仕事をしながらオフィスでとるランチも、大のオトナがシュークリームに
がっつきながらだから、日本オフィスの人には「香港にはよっぽど
ろくな食べ物がないのかしら。」と思われてるだろうが、まったく
背に腹は変えられないというヤツである。
メロンパンだって、なぜ日本人が香港に来てまで嬉々として菠蘿飽に
がっつくのか意味が分からなくほど日本のメロンパンのが美味い。
だが、そんな食の宝庫であるコンビニも私の食生活において長期政権を
とることはないだろうから、今のうちにお気に入りの定食屋でも
探しておこうと思う。普段計画力ゼロな私でも食のことになると別である。
家がゴミ屋敷になるかも
コンビニ生活を送っていると自然に増えていくのがゴミ。
しかし、意外にもこれが私にとって非常に大きなストレスになっている。
なんせ出したい時に出せないのである。
x曜日が燃えるゴミで、燃えないゴミは第x週目のx曜日。
・・・無理すぎる。
ゴミ集積所が全ての階に配備されていて、いつでも何でも出していい。
という甘えた香港ゴミ出し事情に慣れきっている私にとって、
このゴミ出しルールは苦行という他ない状態になってしまっている。
しかも、一度ゴミ出しを忘れてしまうと、数日、下手すると
一週間単位でそのゴミと同居しなければならない。
もはや私の部屋がゴミ屋敷、汚部屋化するのは時間の問題である。
場所によっては、ゴミ袋に自分の名前を書いて出さねばならない地域も
あるそうな。プライバシーにはうるさいくせに、私生活が丸わかりな
ゴミ袋に名前を書かせてしまうこの国のゴミ出しにかける情熱には
本当に驚かされる。というか、ついていけない。
東京はやはり苦手なんだろう
何だかんだで楽しんでしまっている節はあるが、心の底ではやはり
東京が居心地よいところだとはあまり思っていない。
朝晩は軍隊のようにみんなが沈黙の通勤電車に乗って、
オフィスでも高度の緊張状態の中で任務を遂行する。
それだけで私は毎日クタクタである。
慣れてくれば違うのかもしれないが、私が長期にわたって東京で
働いていける自信は正直あんまりないというのが本音であるが、
都会という条件で当てはめれば、香港も人口密度っていう意味では
東京以上だし、そういう場所から来た人間がクタクタだ、とか
音を上げるのは少々おかしいような気もする。
そういうことも考えながら通勤電車に乗っていると、やはり
香港という街は東京よりは洗練されていない部分が多く残るけれど、
いろんな種類の人間を受け入れる下地のある都市なのではと思うし、
だからこそ私のような田舎者も毎日楽しく暮らせるのだという
当たり前の結論に行き着いたのである。
但し、それは私が外国人だから感じることなのかもしれないし、
私の周りの香港人は毎日「あー、ストレスばっかりだ。旅行行きたい。」
と呪文のように唱えているから、香港人は私が東京で感じるものを
同じく感じているのかもしれないけれど。
しかし、それもまたどう考えても香港の方がいろいろと
緩いと思うし、溜まったものをその日その日で発散することが
上手な香港人気質もあるから、ストレス指数自体は低そうな感じはする。
お前ら、どこにでもいるな
いまだに周りの人が日本語を喋っている環境に慣れていないし、
人にぶつかってしまった時には英語か広東語で「ごめんなさい」を
言ってしまうような生活ではあるが、ここ東京でも何だか懐かしい
響きをもった言葉を耳にすることがよくある。
そう、広東語である。
最寄りの駅にも、近くに広東語圏の人がいるらしく、大きな声で
話しているのを見かけてしまうが、私はあろうことか異常な親近感を
感じてしまい、彼らの会話を聞きながら陰ながらほくそ笑んでいる、
という非常にイヤラシイ行動を繰り広げるようになっている。
短期で、しかもプライベートで日本に戻って来た時には絶対聞きたくない、
と思ってしまう広東語が長期出張中には遠い香港を思い出させてくれる
ありがたい心のトリガーになってくれるとは。
ちなみに先週末、あんまりにも疲労していたため、静かな休息を求めて
鳥取の実家までとんぼ返りしたのだが、そこでも広東語を耳にするという
私にとっては衝撃的な出来事があった。
日本人でも話題に困ってしまうという鳥取ですら、やつらのテリトリー化
にあったとは全くもって香港人の行動範囲の広さを思い知らされた。
最近、ジャバナビでも紹介されていたけれど、まさか本当にあんな
ど田舎に香港人が出没するとは思いもしなかったというのが本音。
そういえば、実家の近くに三朝温泉なるローカルな温泉があるわけだが、
そこにも中国人がよく訪れたり、店によっては中国人が買収したりで
中国化が進みだしているような噂を聞いたことがあったが、
それにもここにきて信ぴょう性が俄然出てきたというわけである。
私も曲がりなりにも広東語話者であるが、英語なんか喋らなくても、
世界一周して困ることなんて無いのではないだろうか。
と、いうわけで怒涛の日本出張生活を送っている私。
週末には息抜きに関東近辺に遊びに行きながら、香港居民らしく
上手にストレスを抜きながら気楽にやって行きたいと思う。
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