悲しきかな、新界
「そういや、どこに住んでいるの?香港島?九龍?」
大体、ヨーロッパからの出張者だとか、日本からろくに香港を
勉強せずに来る旅行者ってのは必ずこれを聞いてくる。
そもそも、香港には香港島と九龍しか存在ない。
とか悪気なく考えてしまっているのだろう。しかも、それに対して、
「あ、まぁ、九龍の方です。」
とか返す自分はもっと嫌である。
そもそも、私は香港で何度か引っ越した経験があるが、
そのうちほとんどを新界で過ごしているし、今も新界在住だ。
当たり前だが、新界は決して九龍ではないし、それより更に郊外に
位置する場所であるから、私は嘘をついているわけである。
そこにはいちいち説明しても興味を持ってもらえないという経験と、
少々別な無意識の感情も存在しているのだろう、と自分では分析している。
忘れ去られた地、新界とは
本音のところ、私は新界も悪くないところだと思うし、十分に気に入っている。
「香港ライフファイル」の読者さんなら既にご存知かもしれないが、
私は酒もタバコもしないし、価値観も至ってシンプルだから、
家にいるときくらいちょっと落ち着ける環境の方が自分に合ってると思う。
だから、そんな誰も気に留めないような忘れ去られた地、新界について
「新界って何だかワイルドな響きがするわね。
ライオンでもそこらをうろついてるんじゃないかしら。
ちょっと興味をそそられちゃうわ。」
というような奇特な人がもしもいたなら、その背中をそっと押すつもりで
普段語ったって誰も聞いてくれない素晴らしさをここにメモっておく。
そもそも香港島に行かなくたって生きていけるさ
これはまったくもって私だけかもしれないのだが、
「半島側の人間は香港島にいかない」
という法則がバッチリと当てはまってしまう。
私が香港島に遊びに行こうものなら、もうちょっとした旅行者気分である。
会社も九龍だし、飲みだって(飲めないけど)別にいつも
ランカイフォンまで繰り出さなくたって、尖沙咀に留まって
諾士佛台/Knutsford Terraceとか、尖東界隈で飲んだっていい。
オシャレなバーだって、一応あるしさ。
日本の食べ物や製品を買うにしたって、Citysuper、一田も
Juscoもあるわけだし、映画館やショッピングモールだって
そこいらに掃いて捨てるほど乱立している。私のよく行く香港フィルの
コンサートも、基本的に尖沙咀で開催されるから問題ない。
唯一、定期的に香港島に通わなければならないのが、美容院。
これだけは必ず銅鑼湾に行くことにしているが、
それ以外は香港島に行かなきゃ死んでしまうということも特にないだろう。
遠いとか言う人もいるけれど
遠い。
おそらく、新界不人気のナンバーワンの理由である。
私の住んでるところなんて、香港人たちに言わせれば
「不便すぎて無理。」だそうな。
一度、多くの香港人を呼んでBBQパーティをしようと思ったことが
あったが、結構な数の人間に「屋企出事」「頭痛」とか
得意のドタキャンをされて、隙間風の吹くBBQになったことがある。
あいつら、MTR駅から5分以上歩くと死んじゃうんじゃないだろうか。
しかし、そんな死ぬほど不便と言われる私の住む場所でも、
尖沙咀の会社までdoor to doorで一時間未満。
こんなの東京とかだったら、余裕で通勤可能な範囲だろう。
MTRだったらHK$10(130円)もかからないし、
酔いつぶれてタクシーで帰ったってせいぜいHK$100(1,300円)程度。
不便すぎて無理なんて、寝言も寝て言いやがれ、である。
… 香港人には面と向かって絶対言えないけど。
節約できる。ていうか、お金の使い道が限られる
まず、家賃が安いし、家だって広い。
とことんクレイジーな香港の家賃事情だから、これは大変にありがたい。
交通の利便性と家賃は当然相反するわけだが、自分がどこまで譲歩できるか、
どこまでペイできるのか、で住む地域も大体決まってこよう。
その他にもたとえば食べ物。
ここ新界の街を歩いてみたって、きちんとメニューが本になっていて、
ゆっくりと食べたいものを選ばせてくれるようなところはなかなか無い。
大体プラスチックのケースに挟まれた一枚の紙の中から、
ウエイターに怒鳴られるようにして、脅迫のもとに食べ物は決定される。
食後だって、デザートのお伺いなんて絶対来てくれないし、
食べ終わる前から食器を下げられるような始末。
余計なお金を落とすタイミングがないため、支払うお金の桁も都心と違う。
家の近くにお気に入りの秘密のバーを作ろうにも、
こっちにあるバーなんて、「絶対バックに黑社会がついてるだろ」的な
不気味な雰囲気を醸し出すバーが多く、(何かライトの色もおかしい)
ここは入っちゃ駄目アラームが頭の中に鳴り続ける。
そういうわけで、消去法的に地元でお金を落とすことは少なくなる。
食わず嫌いせずにちょっと来てみなよ
香港にはとってもお金持ちの人もいるし、そもそも会社が家賃を
払ってくれる駐在員の人たちもいるわけだから、
別に好き好んで新界くんだりまで都落ちしなくてもいい人もいっぱいいる。
だけど、割と新界を食わず嫌いしている人もいるのかもしれない。
私の知り合いにも、いわゆる日本人が多く住む地域に住んでいたのだけど、
試しに新界に引っ越してみたら、随分と気に入ってしまって、
休日に誘ってもまったく出てこなくなってきてしまった人がいる。
ただ、一方ではそんな食わず嫌いも仕方ないとも思う。
どう考えたって、
香港島>九龍>新界。(場所によっては九龍もいいとこあるね)
という格付けみたいなものは紛れも無いコンセンサスとして存在している。
私みたいに日本人社会とほとんど隔絶されたような生活を送り、
かつシンプルライフを自称するようなヤツですら、
「(新界と言わず)九龍の方・・・」
とか暈すのは説明が面倒くさいのもあるが、
多少の新界コンプレックスがそこにあるからなのかもしれない。
それに、これは日本人に限ったことじゃなくて、一定の香港人も
おおよそ似たようなスタンダードを持ってるんじゃないかと思う。
あいつらだって「我住新界呀」って答えると、得意の「オゥ」だけ言い放って、
何事もなかったようにサクッと話題を変えてくる。
悲しきかな、新界。
きっと私がこの先、出会う日本人、香港人にリアルでその素晴らしさを
力説したって誰も聞く耳持たないことは火を見るより明らか。
であれば、私はこの「香港ライフファイル」の力を借りて、
新界推進運動を水面下で黙々と進めていきたいと思っている。
数年後に香港を訪ねてくるナイーブな日本人がいたとしたら、
「あの、どこにお住いですか?香港島?九龍?それともまさか
どこかのブログが必死にステマやってる新界じゃないですよね?」
くらいには言われるようになることを願って。
この記事へのコメントはありません。