香港旅行のすすめ – 香港が香港であるうちに

今だから正直に言うが、私が最初に香港に旅行にしに来た時には、
私は王家衛の映画をいくつか見たくらいで、
リサーチというリサーチをほとんどしなかった。

しかも、当時の私は海外事情なんてものは興味もあまりなかったし、
一般的にいって日本人の印象の良い欧米に比べて、
時代遅れも甚だしい中国の一都市に飛ぼうとしていたから、
実のところまったくもって楽しみにしていなかったのも事実である。

あのトイレのドアもないような発展途上国のたかが一都市。
若かったことも手伝って、私なんかはまるで
日本という世界に名だたる先進国に名を連ねる国の若者が、
悪評極まりない時代遅れの中国とかいう国の片田舎の漁村くんだりまで
わざわざ訪れてやるか、みたいなことを本気で思っていた。

二つの大きな間違い

当然、空港に降り立った途端に若気の至りよろしく、
私はえらく恥ずかしい思いをしてしまうわけだが、
今思うに大きくわけて二つの間違いを犯していたわけだ。

一つ目は香港に限らず、中国という国には日本人が思っていたより
よっぽど発展している街だってそこら中にあるし、
トイレのドアうんぬん言ってる場合ではなかったということ。
これは偏ったメディアに起因することだと後にわかる。

それから、二つ目はその中でも、香港という場所は、
他の中国各都市とは一線を画する背景、歴史、発展
経験してきている場所であるということであった。

おそらく、今でも香港に来たことがない、という人は
この二つの事実、特に二つ目の香港独自の事情については
真相を知らずにいるという方が多いのではないかと思う。

深センの空気を吸うまで

ニュースや文献で目に触れることもあると思うが、
そうした視覚情報から入る知識と、肌感覚で感じるそれとは
まるで違うものになってくるから、私が思うに香港に来たことのない
日本人というのはまずほとんど香港を正しく認識していないし、
それは往々にして日本に行ったことのない香港人にも当てはまる。

そうは言ってみたものの、私も実は香港に来てから、
しばらくというもの、香港内でうろうろすることが多く、
本土(つまり隣の深セン)に足を踏み入れたのは、
こちらに来てからしばらくしてからであった。

「本物の中国」を初めて感じた

当時の私はやはり日本人基準の物を見方をしていたから、
このハードの面では発展の限りを尽くした都市でも、
街を行き交う人たちや日々触れ合う香港人たちの
礼儀だの振る舞いだのに対する不満のかたまりのようになっていたが、
ひとたび羅湖のイミグレーションを訪れるなり、考え方が変わった。

まず、印象的だったのは同じ中国、隣の深センに行くにも、
外国に行くのと同じようにパスポートが必要であったこと。
全くもって、外国旅行のような扱いではないか。

そして、一歩中国側に足を踏み入れるなり、
街の雰囲気もそこにいる人たちの目つきも全然違っていたのだ。
私が中国だと思っていた香港は、「本物の中国」ではなかった。

香港というイギリス式に洗練され、かつ整備された法律で守られた、
中国の中では異常なまでに特別扱いされた先進都市
それが香港の正体であって、深センのカオス渦巻く空気は
私にそれを気づかせるに十分なほど危ない匂いを放っていた。

明らかに違うマインドセット

それぞれの国民がもつマインドセットだって全く違う。
今でこそ香港にも、多くの優秀な中国本土出身者がいるが、
この人たちの考え方というのは、私の経験する限り、
やはり共産党のマインドコントロールを少なからず受けている
と言わざると得ないというのが実感である。

本人たちが自分で意識しているのかどうかも疑わしいが、
少しでも中国にとって不利なトピックになりそうな場面になると、
スイッチが入ったように他国を避難し出したりするし、攻撃的にもなる。
彼らの愛国心というものは明らかに私たちが考えている以上のものだ。

それに対して、香港人というのは比較的オープンである。
情報源だって、国が検閲したものではないし、
自分で国際的なメディアにアクセスすることができるから、
ものの見方が合理的で、割とフラットな立場からアイデアが湧いてくる。

日中関係についても、本土の人と話をすると大炎上するところが、
香港人となら、まだ少し議論の余地も生まれそうな雰囲気がある。
ただ、香港にだって家族が日本のせいで憂き目にあった人も
いるから、そこらへんのバイアスは常に存在するが。

「香港人」としてのアイデンティティ

ちなみに、この香港と中国本土で生まれている差異については、
両国民ともに認識しているところであるが、
香港人については特に自覚していると見られる節がある。

いまだに自分は「香港人」であって、「中国人」ではない
と断言する人だっているだろうし、香港人は香港を愛して止まない。
香港がいつまでも香港であることを熱望しているのだ。

近代の歴史を振り返れば、香港という場所は、
帝国主義の犠牲になりまくった場所でありながら、
そこで生きる国民は強烈なアンデンティティと誇り
持ち続けてきている人たちである。

これは今も引き継がれているものであり、
1997年に香港が中国に返還され、一国二制度が続く今も、
真の意味での港人治港」が実現ことが期待されているし、
そのために市民も積極的に働きかけている。

真の意味での港人治港

「香港人が香港を統治する。」
当たり前のことだが、当たり前ではない。
実際、香港の行政長官を始めとする高官たちも香港人であってもだ。

近年の香港における本土からの影響は大きくなる一方で、
毎日のように押し寄せ、お金を落としてくれる観光客をはじめ、
不動産等への投資家、本土からの進出企業等、
経済的依存もいよいよ高まるばかりである。

誤解をおそれず言ってしまえば、もはや香港の今日の繁栄も
本土からの恩恵にあずかるところがほとんどであり、
そうである故に本土からの影響は必然的に強くなっている

いまだに実現しない普通選挙をよいことに、
中国寄りの高官が政府の要職を占め、本土への朝貢政治が旺盛を極める。
これが本当の意味での港人治港と呼べるであろうか。

香港の悲しい宿命

今後もこのトレンドが変わることはなかろう。香港の宿命である。
ゆっくりと、しかし確実に本土色は濃くなっていくだろうし、
中国一の繁栄という栄誉だって、上海に取って代わられる。

それを知っているからこそ、香港人は歯がゆくて仕方がないのである。
往年の香港の勢いも息を潜めつつあるし、先進国特有の
社会問題もあちらこちらこに見られるようになった。

そこにまさに今この時にバブルを謳歌する本土人が街に突如として現れ、
自分たちが守ってきたその場所で好き勝手するわけだから、面白いわけがない。
今やネットでも現実世界でも香港人と本土人は犬猿の仲も良いとこだ。

広い中国の南端の一都市、香港。
そこに住むたかだか700万人の都会人たちがデモして騒ごうと、
中国共産党にとっては痛くも痒くもないのは明白。
だが、それでも香港では港人治港、普通選挙を求めるデモが止むことがない。
香港人のプライド、そしてアイデンティティをかけた意地なのである。

今の香港を見ることができるのは今のあなただけ

私が香港に初めてきたころ、私が彼らを「中国人」と呼ぼうものなら、
ものすごい剣幕で「中国人なんて呼ばないで」と反論してきた彼らの中にも、
今では何の抵抗もなく「私は中国人」と吐き出すものが多くなった。
だが、「私は香港人」を堅持する香港人がここにいる限り、
香港は香港であり続けるのだと思っている。

だから、その最後のひとりがいなくなる前にぜひ香港に来てみて、
あなたの目で今日の香港を見てみて欲しい。
私は中国返還前に香港に来たこともないし、
啓徳空港に降り立ったこともないから、それを今とても後悔している

この目まぐるしく変貌する都市のこの瞬間を見ることができるのは間違いなく
今だけだし、香港にはまだまだかけがえの無い魅力が街のあちこちに見られる
そんな香港の「今この時」を肌で感じ、歴史の証人になっていこうではないか。

関連記事一覧

  1. この記事へのコメントはありません。