街市でろくに買い物もできない香港生活

最近、他の香港在住の方々が書かれるブログをいろいろと見る時間も
出てきて、一日数サイトずつ勉強のために読ませて頂いているのだけど、
今日読んでたところにこんな記事があった。

香港生活1年を振り返る!
香港在住ライター|まの ゆうこ オフィシャルブログ

超簡単に抜き出してしまうと、香港に住む日本人には大体似たような
傾向があって、移住期→不満期→不完全適応期(諦観期)→適応期→望郷期
というフェーズを経て成長?していくんだとか。

なるほどね。

詳しくは、まの ゆうこ女史の記事を読んでいただきたいのだけど、
私の場合も曲がりなりにもそれが当てはまってしまうと思う。
ちなみに、今の私は適応期と望郷期の中間くらい。香港はとっても
楽しいけれど、日本での生活もそれはそれで有りかな、くらいの温度感。

 誰にもあるさ、香港不満期

幸か不幸かこの香港ライフファイルに漂流してきてしまう日本人。
それは香港が好きで好きでしょうがないって層がやはりマジョリティだけど、
中には香港生活が辛くてどうしようもない、って人もいるようだ。

そんなデータを見るたびに「そんな人が私のサイトのくだらない話なんか
読んでしまったら、よっぽど頭湧いちゃってる人なんだと思うよね。」
と申し訳ないんだか、恥ずかしいんだか、分からない気持ちになってくる。

が、である。
私にも女史が言う不満期というやつはしっかりやって来ている。
しかも、こっちに引っ越してきて2、3日目にすでに発症しているのだ。

よって、私にとって香港とのハネムーン期ともいえる移住期は
ほぼ皆無だったと言える。旅行したって数日で回れちゃうような
マイクロ都市な香港。観光客気分がそんな長く続くわけがないし、
特に私なんかはど田舎に居を構えてしまったものだから、早々にマンネリは
やってきて、すぐに嫌なことばかりが目につくようになってしまった。

おまけに学生という身分で全くメイキングマネーしてなかったから、
生活も極めて質素。この香港という都市、お金があるととことん
楽しい場所なのだけど(ま、都会はどこでもそうだけどさ)、
そうでないと行動範囲が全く変わってきて、そこには存外に地味な
生活が広がっているし、「こんなはずじゃなかった」感がすごい。

姿形が似てるからこそ不便なことも

ところで、私なんかは誰に言われるでもなく、自分からすすんで
香港にやって来ているクチ。「私のような自由な人間は日本に
住むのに向いてない」(後にただのワガママな人間だということが判明)
と学生のころから呪文のように唱えてもきた。

なので私にとって、香港に来て苦労することはある意味自業自得であり、
かつ日本に戻るという選択肢は頭になかったから、相当程度の困難が
あったとしても自分の中でそれを消化しなきゃいけない背景が存在した。

しかし、今まで香港なんて聞いたこともなかったのに、会社から行けと
言われて来てしまった人、それについてくる羽目になってしまった家族。
いわば不可抗力で香港に来ることになってしまった人にとっては
ここ香港で見える景色も随分と違うものになっているのだろう。

姿形も似たアジア人が住む街、料理だって日本と同じ醤油ベース。
それ故に、他の国に住む人から見たら馴染むのも苦労しないように
見えるかもしれない。でも、私からしたらそれは逆だった。

同じ姿したような人だからこそ、日本の常識をその相手にも
期待してしまったところもあるし、向こうもじっくり私の顔を眺めて
日本人だと確認しないから、唐突に広東語のマシンガントークが
火を吹き始めるし、それはそれで苦労することは多かったのである。

これが白人/黒人国家だったら、私はひと目で外国人だってわかって
もらえるし、私だって周りの人に同じマインドを期待しないのに。
そういう不毛なことを考える時間のほうが多かったりもした。

 旅行時代はあんなにがっついてたのに・・・

あれだけ大好きだった香港の飲茶やその他の美食たち。
数週間もしないうちに飽きた。

徐々に油の多さが気になるようになり、その独特の臭いをかぐだけで
吐き気がするようになったし、レストランの前を横切る時も
息を止めていたのをよく覚えている。

末期になると街自体が食べ物の臭いがするように感じて、
外にでるのも嫌になった。そんなにお金も無かったから
毎日和食を食べるわけにも行かないし、たまに香港人に連れていかれる
日本食はあくまで日式であって、本物じゃなかった。

あんたらにはこれが本物の日本の味じゃないって分かんないんだね。
だって、そんな美味しそうに食べてるもの。

周囲に期待することを諦めた私は(今思えば諦観期の始まり?)
学校で覚えてたて広東語を駆使して、街市に出かけて自炊する
という苦肉の策に出たのである。

学校で買い物の仕方は教わったから大丈夫。
街市についた私はすかさず魚売り場へ向かう。
大埔街市のシーフードは新鮮な魚がいっぱいなのだ。

言葉というより、マインドセットや習慣の問題だよな

目ぼしい魚に目を付けた私はすかさず香港人店員に声をかける。
「これいくら?」まさに覚えたてほかほかの広東語。

「3元/磅!」
1ポンドあたり3香港ドルということ。
きちんとそれを聞き取れた私だったがそんな単位あたりの
値段を知ったところで何の役にもたたない。

私が知りたいのは、私が今自分の人差し指と親指でしっぽを
つまんでいるこの黒鯛一匹いくらするかということ。それだけだ。

「だから、これ一匹いくらなの?」

「3元/磅!」

何それ、新しい情報が何も返ってきてない
その後私が何度聞いても「3元/磅!」しか返してくれないし、
しまいには香港人の十八番「ハァ!?(怒)」が発動。

私はいったいぜんたいいくらするのか分からないその鯛を
半ば強制的に買わされることになる。結局、それは37香港ドルで
取り引きされることが分かり(最初から計れよ)、しぶしぶ
42香港ドルを払う用意をする。

そこでまた「ハァ!?(怒)」である。
5香港ドルコインで返してもらおう。そういう端数処理の計算が
ここでは根付いていないのである。おばさんは「40香港ドルで
いいでしょ。馬鹿なの?」と私のコインを拒絶し、新たに二枚。

一つの買い物をするだけでも、二回も「ハァ!?(怒)」である。

その後、野菜売り場に行けば、今度は磅じゃなくて斤で売ってて、混乱。
「香港人にはネギはただでもらうものだよ。」と聞いているから、
私は八百屋の中年女性の前で「チョン、チョン・・・」(葱の広東語読み)と
つぶやくのだけど、広東語は音程によっても意味が変わるから、
「長」になったり「虫」になったりでこれまた「ハァ!?(怒)」。

街市を出る頃にはヘトヘトになっていたし、毎日怒られっぱなしで
まだまだナイーブだった私は街市の巨人たちに本当に凹まされていた

 まぁまぁ、ここに来たのも何かのめぐり合わせですよ

街を歩いても自分のことだけに忙しそうな香港人が行き交う
忙しい通りではしょっちゅう衝突するし、人混みに酔いに酔った。

そんな無機質に見えた街だけど、いつの間にか虜になっていた不思議。
私はそういうきっかけをあんまり覚えていなくて、
ある日突然ということもなかったように思う。

というか、ここの読者は想像もつかないかもだけど、
私は不満期を思いの外、長びかせた方な気がする
不思議と日本に帰りたいとか、ホームシックはなかったけれど。

そんな私が今書けることといったら、段々余裕が出来てきたら、
香港の嫌な面ばかり見ないでその裏に隠れる良い面も見てあげること
そして、寝たら忘れることかな。

私の香港ライフファイルだって、後から笑い話的に書いているけど、
実際その場では笑えなかったシーンだっていっぱいあるし
ていうか、その方が確実に多い。

ということで、せっかく縁があって香港に来たわけだから、
少しでもその時間を楽しめる日本人が増えるようにと願って。
これから先、香港に住めることなんて人生に何回もないわけだし。

そういう意味で、香港人は人生を楽しむことにかけては
日本人より一枚上手だから、見習っちゃうのも良いかもね?

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