[番外編]東チベット一人旅 Vol.5 – そして天葬台へ

チベット

今回の記事は私の実弟が書いたもの。
彼のことは以前の記事でも書いたけど、そんな彼が年末、中国はチベットを訪れた。
文章も上手だと思うし、何よりいつもながらに面白そうな旅行先なので
彼のFacebookのタイムラインに眠らせておくのはもったいない。

ということで、ここにもポストしてみる。
ご興味がある方がいればぜひ読んでみて欲しい。
同じ中国でも香港とチベットで見える景色が全然違うから面白いのだ。

バックナンバーはこちら:
[番外編]東チベット一人旅 Vol.1 – 1日目(12月27日)
[番外編]東チベット一人旅 Vol.2 – 標高3,000mを超える世界
[番外編]東チベット一人旅 Vol.3 – 色達
[番外編]東チベット一人旅 Vol.4 – ラルンガルゴンパ(五明佛学院)

—————

時刻は午前10時。
すり鉢の底にはラルンガルゴンパの核を成す本堂とも言える大きな寺院、
少し離れた場所には尼僧用の大きな寺院も建っている。
ラマ僧は方々の坂道からこの本堂に向け通学する。
道路の表面は降雪のお陰で凍結しており、
ラマ僧達はこの凍結した路面を利用して滑って坂道を降りるのだ。

さて、今宵の宿を探さなくてはならない。
宿の当てはネットで見かけた際に山の頂上にあるということくらいの情報しか
頭に残っておらず、肝心の宿の名前を失念していた。

バスの停留所から続く緩やかな登り坂は本堂の前を過ぎると急に勾配がきつくなった。
兎に角、上へ。
幾分の迷いもなく重いザックを背負い坂道を登っていく。
やはり高地だけあって、10メートル程度登っては一息つかざるを得ない。
凍結した路面を滑っていくラマ僧の楽しそうな姿を恨めしく思いつつも前へと進んだ。
視線を上げると丁度、建物の隙間から宿の姿を捉えることが出来た。

とその時、不意に日本語で話しかけられた。
「今、こちらに来られたんですか?宿はどちらをとられるんですか?」
流暢な日本語の使い手は、バスで席を譲った中国人の婦人だった。

昨晩、ラルンガルゴンパに直接やってきたらしかった。
山頂のホテルをとるつもりです、と答えると
丁寧にも宿の値段を教えてくれた。
シングルルームは無く、ツインで180元。
その他にも色々な情報が仕入れられた。
どうやら11時から近くの建物の中でプージャ(祈祷)があるらしい情報も聞けた。
是非行ってみたい。

腕時計は既に時刻10時40分を知らせていた。
急ぎ、別れ再び坂を上る。
いつの間にか空高く上がっていた日差しを受け、
幾分か体感温度は上昇している。
数回登っては休憩の繰り返しをし、宿の前へとたどり着いた。

フロントは薄暗かったが辛うじて英語が通じ、チェックインが完了。
3階のツインルームの部屋が割り当てられた。
ルームキーでドアを開けると窓から外の明かりがたっぷりと注がれる様子が確認できた。
チベット
窓際に近づくとこの街の全貌を視野に捉えることが出来るが
何度見てもこの雄大な風景には感動を覚える。

さて、11時のプージャに間に合わない。
ザックを部屋に下ろし、必要なものだけを手持ちのカバンに入れ替え、早々に宿を出た。
宿の近くには黄金色の祠の様な建物が建っている。
五体投地をしている敬虔な信者の姿も見られた。
興味はひかれるが、今はその時ではないと言い聞かせ、
登ってきた坂道を下ろうとしたその時、再び何者かに呼び止められた。

ミニバスの運転手のチベットの若者だ。
宿も決まったし、ラルンガルゴンパに来たばかりでミニバスにはしばらく用はない。
相手にしている暇などなかったのだが、狭い道であるため、
ミニバスが通る際にはどうしても立ち止まらざるを得なかった。

何やら中国語でまくしたてられた。
皆目会話の内容が理解できず、つい苛立ちを抑えきれず眉間にしわを寄せた。
痺れを切らしたかのように、ミニバスの後ろのドアが開いた。
するとバスの乗客である中国人女性が話掛けてきた。

私は日本人で中国語が出来ません。
ダメ元で英語で話すと中国人女性は英語に切り替え話を進めた。
どうやら目的地へミニバスをシェアして行かないかということだが、
いまいち目的地がしっくり来ない。
が、自分の数少ない情報を反芻してみる。
恐らく彼女は「天葬台」と言っているに違いない。

ここラルンガルゴンパでも天葬が見られる。
天葬、いわゆる鳥葬のことだ。
(「天葬」、「鳥葬」という言葉をネットで検索すると閲覧に耐えない画像が
意図せず現れることがあり、あまりお勧め致しません)
その風土故に現在まで残る死者の弔い方だ。

願ってもいない誘いだった。
ラルンガルゴンパでのTODOリストというべきものを作るならば
最上位にくるかもしれない「天葬台」行き。
ラルンガルゴンパにあまりにも旅行者が少なく、英語も通じないため、
どうやって行くべきかということを薄々悩んでいた場所でもあった。

FB0203
まさに渡りに船。
午後2時からの天葬にしては早い出発だが
「天葬台」行きの値段交渉を行い、いざ出発となった。

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