田舎者の都会哲学

北朝鮮の人はみんな不幸せだろうか。 – Maybe not.

もともと都会で育った人はあまり問題に感じないのかもしれないが、
私は自分の意思でこうして香港に出てきてしまったくせに、
時々、「都会」という資本主義を象徴する存在に苦しむ。

だから、ついつい次のようなことを考えてしまい、悶々とするのだ。
まことに我ながら、暇人なもんである。
私の妄想も多分に入った駄文だから、心に余裕のある方だけどうぞ

 人間の生み出してしまった資本主義社会

… 香港という街。絶えず忙しく動いている。
みんなお金を稼ぐのに一生懸命だし、同じ方向に向かって
走らされているように思えて、それにはときに恐怖すら感じる。

でも、それが資本主義が創りだした社会というもの。
もともと生活に不可欠なアイテムだけを取引していた人間という動物は
それに飽きたらず、欲望を作り出すことに成功してしまった。

人間の根幹部分にある物欲だったり、顕示欲だったり、エゴだったり。
そういう部分を研究して、もともと欲しくないものまで、
みんなに欲しいと思わせる技術を開発してしまったのだ。

でも、悲しいことにみんながそれに踊らされていることに気づいていない。
まぁ、当たり前だけどね。
踊らされてると分かってて、踊り続けるバカはいないから。

均一化される価値観、みんなが同じ方向を向いて歩く

この世の中におおよそ存在する「良いもの」「欲しいもの」ってのは
ほとんどが企業が作り上げた幻想に過ぎない。

「痩せてる女性の方が良い」「肌は白い方が良い」

誰が決めただろうか。
みんな知らず知らずのうちにマーケティングという名の
マインドコントロールを受けているのだ。

だから、それを自覚できない大衆はみんな同じ方向に向かって歩く。
人が持つ価値観というものも、均一化されていってしまうわけだ。
これは我々にとって一種の強制である。それに着いて行かないって
ことだって考えるかもしれないけど、それもなかなか難しいこと。

なんていったって、人間というものはとっても弱い上に、
社会的動物であるから、ひとり山ごもりでもしない限り、
ひととの関わりを持ってしまうし、多少なりともそれに影響を受ける。

だから、都会の生活、香港の生活はとっても大変なのだ。
周りと一緒に踊らされ続けなければいけないから。

わかっちゃいるけど、踊ることは止められない

しかし、もっとおかしいのは、そんな風にマテリアルな世界を
忌み嫌う私が、会社ではウェブマーケティングの仕事をする。
まさに人の欲望を刺激して、物欲を生み出す露骨な資本主義の最先鋒
バカバカしいったら、ありゃしない。

我々ってやつは、一度走り出したら、社会という歯車のひとつとして
動くしか許されない仕組みに既に組み込まれているのだ。
そう。ここは、金持ちたちだけが、支配者として決定権をもつ世界

その作られた世界の中で多少の貧富の差におごったり、
腹をたてたり、心を病んだり。
すべての人間は支配者の手のひらで踊り続ける。

「それは本当に買わないとダメなの?」
「わざわざそんな高いもの買う必要あるの?」

私のような思考をもつ人間は存在することが許されない。
支配者のために決められた方法でたくさんお金をつかって、
これから先ずっと資本主義が続くように貢献していくこと
良いことだって学校でも教えられただろう?

知っているが上に苦しいのかも

ちなみに、私も都会に出るまではここまでマテリアルな
価値観に振り回されなかったかもしれない。
何故なら、知らないことが多すぎたから。
でも、知らないほうが良いことだってたくさんある。

最初の問に戻ってしまうけど、北朝鮮の人はみんな不幸せだろうか
そうではないかもしれない。
何故なら、彼らは外の世界をほとんど知らないから。

今やっていることがとてもあたりまえだと思っているし、
ひとりの将軍様をのぞいてはみんな平等で、
将軍様をもり立てるためだけに生きている。

周りがみんなそうやっているから、疑問をもつ必要がない
東京や香港で何が辛いかって、周りと比べた時に、
貧富をはじめとする様々な差異があるってことだろう。
周りと比べてしまうこと自体がすべてのストレスの原因だ。

その点、田舎はある程度、情報が遅かったり、
届かなかったりするから、その分少しファジーに生きられる

次から次へと人を惹きつけてしまう都会の功罪

でも、人間の好奇心というものはとっても恐ろしくて、
都会を知らない若者たちは自分の知らないものを知りたくて、
本能のままに都会に出て、そして、知ってしまうんだ。
悲しい現実ってやつを。

そして、それはもう禁断の片道切符。
一旦レールに乗ってしまえば、後は走り続けるしかない
モダニゼーションはこうして進む。

都会は常に人を惹きつけて止まないし、
どんどん人を巻き沿いにして、しかも一旦掴んだら離さない。
その上、見てくれは美談で武装しているからすこぶる良いときた。

どうやったら抜け出せるよ、この世界

こうして考えると資本主義から自由になるのは本当に難しい。
金持ちになったら、今度は金持ち同士の競争でさらに苦しくなるしね。
そうだとすると、我々の現実的な選択肢は次の二つだろうか。

まずは資本主義を一生まったく知らずにすごすこと
でも、私はもう知っちゃったから、無理だね。
今田舎で楽しく暮らしてる人がいるなら、自分を強く持って、
都会には出ずにそこで暮らすことをおすすめしたい。

ただ、これもまた、田舎は若干都会よりも競争が緩いだけであって、
(田舎と言ったって資本主義国家のもとに存在しているわけだからね)
どこにでも似たような状況はすでに発生している
だから、あんまり選択肢といえるものでもないかもね。

もうひとつのオプションは、ある程度のお金を貯めて、
どこか厭世的な場所へとドロップアウトしていくか。
田舎に戻るっていうのだって、いいだろうよ。

その「ある程度」のお金を貯められる日まで
本望ではないのだが、こうして資本主義の一員になっている、
というのが今日の私。

さてはて、本当に「ある程度」のお金が貯まったとき、
わたしはちゃんとそれを「ある程度」だと思ってくれて、
きっぱりとこのマテリアルな世界と決別できるだろうか。

もしくは、それだけ貯められずに何だかんだで定年まで働くのか。
資本主義という化け物、底が知れないねぇ

飲み屋でやれよ、なお話でしたね

… と、こんなことまでご丁寧に考えて、香港生活を送っている。
私がどんなに面倒くさい人間か、おわかりだろう。
そして、根が大の田舎者なのである

ただ、都会に住むもの、多かれ少なかれ、
似たようなものなんではなかろうか。

ここには物質的なものは何でもそろっちゃいるけど、
その代償だって随分と大きなもんだと思う。
そう考えると、私は香港にいるべきじゃないのかもね。

いやはや、まさに飲み屋でやれよ的なトークを
ブログという公の場でやらかしてしまいましたが
お付き合いいただきまして、どうもありがとうございました。

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