港式イオンの隣

ローカル

とある日の夕方。
会社が終わってまっすぐ帰宅の途についていた時のこと。
地元MTR駅からちょうど出たところで聞き慣れた声を耳にする。

「よぉ、何してんの。」

先ほど、オフィスでさよならを言ったばかりの同僚だった。
何しているも何も、この男は私がここらに住んでいるのは知ってるはずであるから、
これは単なる挨拶というやつである。私は質問に答えない。

「そっちは?」
「・・・いや、適当に飯食いに来ただけ。一緒に食う?」
「いいけど。なんか食いたいものあんの?」
「ここらへん、あんまり詳しくないから、お任せだわ。」

怪しいやつだと思う。
わざわざ途中駅で下車して飯を食いに来ているくせに目的の店がないなんて。
どうせここらに新しい女でも作ったとか、そういう言いたくない事情があるはずである。

「それじゃあ・・・」

と、我々が歩きはじめた、その瞬間、私は微かな違和感を感じる。
それは、この男が一瞬だけ私と違う方向に歩き出そうとしていたことだった。
まるでそれが当たり前であるかのように。

私が歩き出した先にあったもの

ローカル
地元駅の目の前に立つビル。もちろん、駅から周りを見渡してみても、一番目立つ建物である。
おそらく、都心に住む人ならば、こんな新界くんだりにまでやって来る目的もモチベーションも
ないだろうし、実際ビルの中に入ってみてもおおよそ地元民しか見当たらない。
いわゆる地元民による地元民のための超ローカル経済体であり、ビル内は生緩い地元臭が流れる。

とはいえ、内部のテナントは生活必需品を網羅するような構成になっているから、
このショッピングモール(この言葉を使うことすらちょっとおこがましいけれど)さえあれば
死なない程度には生活できるようにはなっていて、使い勝手は悪くない。

それは日本でたとえるならばイオン。
ちょっと田舎に行ってみればわかるが、巨大な施設と駐車場、無難な店揃えと小綺麗な店内。
都会にまでいちいち買い出しにいかなくても、ひとまずイオンに行っとけば大丈夫、的な
まさに妥協の産物としか言えない代物が田んぼの真中に立っているだろう。
地元の人間にとってはそれが美食街であり、ファッションスポットにすら十分成り得る。

そんな港式イオンの中のレストランに私は彼を連れこんだ。
待たなくても座れる。まずくない。適度に清潔。
私のレストラン選択の三原則をほぼ及第点で満足させてくれる、いわゆる行きつけの店である。

いつものウェイターがやってきて、注文をとるや否や、五月雨式に料理が運ばれてきて、
特に何の話をするでもなく、私たちはそれらを無心に口に運ぶ。
もともと無口なヤツだが、食事中はそれに輪をかけて口数が少なくなる。
余計なことをペラペラ喋るヤツよりもよっぽど信頼できるから、私はこの男が好きである。

やがて、私が右手に持った凍檸茶のコップが氷だけになったのを見計らって、男は立ち上がる。
そして、一言。

「貴。」

男が向かおうとした場所

ローカル
会計が終わるやいなや、男は背中を向けたまま言う。

「時間あるか?あるなら、ちょっとついて来い。」

半ば無理やり連れていかれたのはこのビル。先ほどの港式イオンから徒歩1分。というか、隣である。
何だかんだで地元民に愛されるイオンが光ならば、こちらは陰と言えるかもしれない。
これまで私の眼にも物理的には見えていたはずなのだけど、見えないことにしていた建物。
以前、ビルの前を通った時には、入り口から旺角近辺の雑居ビルに通じる
不穏な空気が漏れ出ていたのを感じて、足早にその場を離れた記憶がある。

ローカル
やっぱり旺角臭が濃厚に漂っていた。
怪しさしか感じない建物の中で得体のしれない人たちが、あちらでもなくこちらでもなく、
いろんな方向に目的もなくうごめいしている感覚がちょっと気持ち悪かった。
私はイオンに戻りたくなった。

ローカル
建物の中だというのに、屋台状態。
あちこちに点在する小食の店から放たれる食べ物の匂いがフロア中に充満する。

ローカル
怪しいネオン色が輝く通りも多い。
まるで東南アジアの廃れたモールの中に迷い込んだみたいな感覚。

ローカル
ひと通りビル内を歩き終わり、内部の飲食店街を通りがかったところで男は言う。

「俺はこういうところでよく食うんだ。値段だって、さっきのとこの半分もしないし、
意外にうまいんだぜ?」

何だかちょっと我に返りそうになった気がした。
確かに目の前に見える景色は、お世辞にも決してビューティフルではないけれど、
それは香港におけるとってもローカルな素の姿であって、
例えば私が香港に惹かれ始めたころだったら、むしろこういうシーンを眺めながら
「何だか王家衛の映画に出てきそう。」なんてニヤニヤしてたのかもしれない。

きっとあの頃はそういう刺激が心地よくてしょうがなかったんだと思う。
今まで見たこともないものを見た時の物珍しさ。
旅行者であり、外国人であった私は香港から想起される全ての刺激を欲していた。

だけれど、やがてここが住み慣れた土地になって、仕事も始めることになった。
毎日ストレスフルなタスクをこなした後に、無駄な刺激は必要なくなった。
なるべくトラブルフリーで穏やかな時間を過ごしたくなっていた。
そして、このビルも見えなくなった。

香港のローカルな街並みや景色がたまらなく好きなんだって言ってたのも
つい最近のようだったけれど、この男の私に接する態度は何だか鬼佬を連れて
香港ガイドツアーをしているみたいだと思った。

「え、いや、違うんだ・・・」
何が違うんだか分からなかったけれど、そう言い訳しようとした時、

「じゃあ、また明日。」

男は街の中に消えていった。
彼女のところに向かったのかもしれない男の背中はどんどん遠くなっていった。

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コメント

    • LeM_CUP
    • 2015年 5月 09日

    私から見ると、君の同僚は君を本当の「香港人」になることを手伝いたいのでは?
    この様の場所、普通は外国人に紹介しないと思う。
    これらの場所は私みたいの低所得世帯にとってのゆりかご。
    まさか刺激になるとは・・・

    • HKLF
      • HKLF
      • 2015年 5月 09日

      その通り。
      この同僚は、私ととても仲が良い人なので、香港らしいことを教えてくれたのだと思います。

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