港を挟んで見える景色

石硤尾

私のオフィスは尖沙咀にあるのだが、窓の外に映る対岸の島を眺めるにつけ、
まるで異国を見ているような気分になるようなことがある。
そこに泊まっているフェリーに乗れば10分とたたないうちに
辿り着いてしまうような場所だから、大袈裟と言えば大袈裟なのだけれど
あちら側との間を頻繁に往来しない私にとっては至極正直な感想なのである。

九龍側から見れば、一番右に見える街である堅尼地域あたりだって
島の住人にとってみればなんと左端の港島線の始発駅。
当たり前だけれど、向こうから見れば全ては逆に見えている。

島の中心街を情緒あふれるトラムが茶目っ気いっぱいに走り、
それに沿って延びる街並みも上環、中環、灣仔、銅鑼湾と個性的。
世界に名だたる金融街、パーティー好きが集まる蘭桂坊、
島の裏側に回れば赤柱や淺水灣といったリゾート、と観光スポットも目白押しで
まさにアジアを代表する国際都市・香港の粋を凝縮したような場所である。

… と私は勝手に思うのだが、よくよく考えてみると
初めて香港にやって来た時、どこにベースを置いたか。
それが英国の風が仄かに吹く香港島だったのか。
それとも、庶民の生活シーンをひたすら見せつけられる九龍サイドだったのか。
これは思いの外に大きな問題かもしれない。
なぜなら、そうした選択がその後の香港とのつきあい方に大きく影響を与えるから。

こんな小さな街だというのに、港を挟んで見ている街の景色はまるで違うのだ。
いや、意外にもお互いにあんまり行き来することもないから
それぞれ自分の見える世界だけを香港として、対岸のことは大して認識もせずに
香港最後の日を迎えていくのかもしれないし、それはそれで幸せだからいいかもしれない。

私はというと、悲しいくらいに香港島と縁が無い香港ライフを歩んでいる。
初めて泊まったホテルも尖沙咀だったし、その後繰り返し訪れることになったこの街で
私を泊めてくれた人も深水埗の一角にある唐樓に毛の生えたような住まいで寝起きしていた。

その場所からは維多利亞港の夜景はもちろん、隣のビルに阻まれて街の景色は見えなかったし、
部屋は日本のそれのような温かみはなくて無機質。何より信じられないくらい狭い。
ただ、タイル張りの床は何だか「恋する惑星」みたいで良いなと思った。
誰が住んでいるのかわからない隣の部屋からは大音量のラジオが流れていた。

朝になると行きつけの階下の茶餐廳でお決まりの早餐をとった。
私はこのマカロニは昨日の夜からの作り置きでないのか、
なぜこのアイスレモンウォーターなるものが売り物になるのか。
とんでもない態度で注文をとっていくウエイターたちを横目にくだらない質問をした。

家が狭すぎて洗濯機なんて置く場所がないから、衣服は大きな袋に入れて近くの洗濯屋に出した。
店には同じ袋に入れられた洗濯物が天井にも届くかのごとく積み上げられていて、
奥からは忙しく動き続ける業務用の洗濯機の音が聞こえていた。

「ここは学生時代からの行きつけなんだ。安いけど、美味しいよ。」
と連れて行かれた麺屋は、建物と建物の間の余ったところに間借りしているような様子で
随分と細長い作りになっていた。全部で10席も座れない、こぢんまりとした空間。
家族経営しているらしく、店の一番奥のテーブルでは小学生の息子と一緒に
学校の宿題を開くお母さんの姿も見られた。
こんな薄いトンカツもあるんだ、と感心するほどの扒がのった簡素極まりない麺。
20ドル札でお釣りがきた。

もちろん、香港で過ごした初めての夜に歩いた彌敦道の綺羅びやかな印象も
強く心に残ってはいるけれど、私にとっての香港の姿というのは
この庶民の生活に根付いた下町の風景をベースに作り上げられたらしい。

そして、今でもそういう深水埗の狭い唐樓から映る薄暗い世界が
頭の中のどこかにあるような人間だから、香港島の中心街を見るにあたって
「あちらの住人はいかがお過ごしかしら。」と物理的な距離以上の精神的隔たりを
感じてしまうのかもしれない。

当たり前だが、香港島にも、いや中環のど真ん中にだって、
日々を逞しく生きる庶民層は大勢生活しているわけだし、
どっちが良くてどっちが悪いなんてお話でもない。
九龍や新界にもドップリ浸かりたくなってしまう魅力はあるものである。

ただ、この港を挟んで見る香港という場所の光と影の対比のようなものを考えた時、
最初にどちらの景色を見るのか。そして、その後どのように街を付き合っていくのか。
それによって、その人が語る香港の街というのも随分違うのだろうと考えると
なかなかに可笑しくもあり、香港ライフファイルも九龍色が強すぎて
全くもって万人向きではないサイトだと再認識させられるのである。

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コメント

    • Silentmiaow
    • 2016年 8月 23日

    こんにちは、先週香港から帰ってきてまだ夢の中にいるようです。
    地元の友達とつきあいが深くなるにつれ、半島と香港島、さらに言えば新界と香港島とのあいだには日本人が思う以上に隔たりがあるみたいですね。九龍側育ちの友達は「トラムなんてめったに乗らない」、生まれも育ちも大埔の友達は長くヨーロッパに住んでいたくせに「香港島の人とはうまくやっていけない」、その一方で「半島側に行くより空港に行く回数のほうが多い」という人もいるし・・・。
    最近は、私が湾仔のホテルなのをわかった上でも、旺角やら太子でのごはんに誘われることが増えたのがちょっとうれしいような気もしています。

    • HKLF
      • HKLF
      • 2016年 8月 23日

      まさにその通りですよね。
      こんなに狭い街だというのに、ヴィクトリア・ハーバーを挟んでの往来は
      ライフスタイルにもよりますが、思いの外少なかったりします。
      とはいえ、私は香港島の雰囲気も大好きなので、
      今後は時間を見つけて積極的に遊びに行ってみようかなと思っています。
      まだ行ったことがある場所があるなんて、残念なことですからね。

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