温室育ちな私の広東語が崩壊寸前な件について

昨日から私はバッチリ香港オフィス勤務を再開しているのだけれど、
実はちょっと私の周りでマズイ事が起こっている。
というか、ひとつの良くないシグナル(黄信号)が明瞭に点灯している。

黄信号。それは、普段あまり見られない同僚たちの「しかめっ面」である。
いや、あいつらはいつも通り、香港人らしく飄々と仕事はやってのけているのだけど、
私と話す時に限って何だか非常に居心地悪そうな表情を浮かべてくるのだ。

まぁ、私の方だって大体原因は分かっている。
仕事がお粗末なことやら、一緒にランチいくのにいつも場所を決めるのはあいつらの役目だとか、
日本人の可愛い子を紹介しろとうるさく言われるのに「次の出張で連れて帰ってくる」とか
適当なこといって一人も紹介したことがないこと。

やましいことは山ほどあるけれど、それ以上に彼らを今苦しませているのは私の広東語だ。
ハッキリ言って、自分でも何を話しているか時々わからなくなる
そりゃそうだ。最近半分くらいの時間を日本で過ごしたし、その間まったく広東語は話さなかった。

 広東語学習初期のトラウマが・・・

私はこのひとたちの「しかめっ面」が大嫌いである。
何故かと言うと、それは私の広東語がまだ全然おぼつかないころ、会う人会う人に
容赦の無い「しかめっ面」をされたトラウマがあるから。

大体、こっちが一生懸命話しているというのに、目の前であんな辛気臭い顔されたら
途中で話す気力がなくなって、その場に倒れてしまいそうだ。
外国人にとってこれほどガックリきてしまう瞬間もないのではなかろうか。

世の中には生まれ持った天性のコミュニケーション能力を持つ人もいて、
私の友達なんかも話している内容80%以上は日本語で合間にたまに小学生英語を
話すだけなのに見事に外国人の心を掴んでしまう。

しかし、私はそうではない。
周りの人がおだててくれないと頑張って話せない、典型的な出来ない子なのである。

 今思えば懐かしい、香港中文大学広東語クラスという温室

今思えば、中文大学で広東語を習っていたころが私の広東語黄金期であった。
スロモーション再生機能を搭載した教師陣に、私より明らかに広東語レベルが低い
青い目をした外国人クラスメートたちの話す赤ちゃん広東語を聞いているのが全て。

自分の話す広東語の素晴らしさにただただうぬぼれていれば良かったし、
いつもつるんでいたのも外国人たちだったから、一緒に街に行ったって
ほとんどの香港人たちは観光客用の対応をしてくれていた。

そういう意味では、私は広東語学習初期はものすごい温室の中で育ってしまったのだが、
その代償は私が安易に香港に居座ることを決め、会社通いをするようになってから
まさに10倍返しで償うことになる。

どこに行っても「しかめっ面」の連続。エリート広東語学生だったはずの私が。
この頃が私の香港における黒歴史とも言える時間だと思う。
「しかめっ面」を見るたびにストレスが溜まるようになり、人と話すのも嫌になった。

終いには「私は外国人だぞ。少しは手加減しろよな。」とか心の中でキレてたくらいだ。
まったくもって、迷惑な日本人だったと思う。
いくら国際都市とはいっても、ちょっと都心から離れれば、そこはもう生活の場。
そんな場所に外国人が押しかけていって、「自分のために手加減して話せよ。」
とはお門違いも甚だしい。私はそれを大埔でやっていたから本当に笑える。

 私と会話できる人、出来ない人

ちなみに。
そんな香港ローカル社会の洗礼を受けているうちに、私はあることに気がつくようになった。

私の話すことが難なく通じる。かつ、その相手も何を喋っているか私もバッチリ分かる人。
そして、その他大勢の相変わらず宇宙人のように会話が通じない人たち。

前者の方たちには本当に救われた。
この人たちはとても頭が良い、というかコミュニケーション能力が高い人で、
私の広東語能力を精確に把握しており、レベルに応じた広東語を選んで話してくるし、
これから私が言わんとする事をしっかり予測するから、私の拙い広東語をそれで補完して
自分の中に取り込んでいってくれるといった高度な技術を身につけている。

この人たちと話しているととても気持ちが良かったし、自分の広東語が上達したことを
実感(錯覚)させてくれる、貴重な存在だった。今日の私がいるのもこの人たちの
おかげだと言えると思う。

そして、その他大勢の人たちは、私と話すときも他の香港人と話すときと同じチャンネルで
コミュニケートしてくる人たちだけど、別にこの人たちに罪があるわけではない。
ここは広東語圏の都市なんだから、彼らが私に合わせる義務は全くないわけである。

 うちの会社にいる変わり種

私の広東語史をものすごくザックリ話してきているけれど、最初は学校、
次にコミュニケーション上手な香港人、と様々な人たちに巧みに助けられて私は今ここにいる。
というか、今でも私の周りにはそういうタイプの人が多い。

しかし、そんな中、一人だけ例外もいる。
私の会社の同僚で、その中でも一番仲がいいヤツなんだけれど、彼は本当に変わり種。
外資という企業文化にも関わらず、ひとりだけ私にも手加減ゼロなローカル広東語で話してくる。

ハッキリ言うと、私は今でもヤツがフルスロットルな広東語を話すと、
半分も意味が分からないし、向こうも私が理解していないのを分かって話しているという確信犯。
着いてこれなくなるとすぐにごまかし笑いをしてお茶を濁す私の特技もすぐに見抜いて
「お前、実は分かってないだろ。」と逃げ場を潰してくるひどい人間でもある。

いい加減私もストレスが溜まって、私は以前に一度直接文句を言ったことがある。
あんたの広東語は訛っててよく分かんないし、粗口ばっかで意味分かんない。」と。

 何のために広東語やってるか、よく考えろってこと

すると、意外な答えが返ってきた。

「そうやって甘やかしてたら、いつまでたってもお前はローカルの香港人とは話せないよ。」

ま、悔しいけれどその通りなのだ。
私の周りを囲んでいる日本訛りの広東語の聞き取りを熟知している人たち。私の知ってる広東語
リストを頭に叩き込んでいる人たち。この人たちと話しても今後私の広東語が上達することはない
今覚えていることの反復だけで、大抵の会話は成り立っちゃうわけだから。

たとえば、私が今ひとりで街市の端っこで干物売ってるようなおばちゃんたちや、
住んでる島の反対側で魚とって暮らしている日焼けしたおじさんたちに会いにいったなら、
そりゃもう半分も言ってること理解できるか分からない。

なんせ私の広東語は香港そごうで売られている日本産のフルーツも真っ青なくらいの超温室育ち
そう考えると、今私に向かって手加減なしで話してくれる人の存在は大事なんだなとも思う。
私はもう温室から抜けたつもりでいたけれど、まだまだ片足つっこんだ状態なんだろうし。

ま、ひとまず。これからしっかり広東語のリハビリ、頑張ろっと。

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